佐渡の自然と文化(2015.06.06~08)

6月6日(土)~8日(月)
 6日の朝にホテルでゆっくりと朝食を摂って、10時にはタクシーで新潟港へ。ジェットフォイルの乗り場で、東京から新幹線で来た10人の仲間と合流。11時発の水中翼船で、佐渡の両津港までほぼ1時間。港からは「おけさ観光」の貸し切り小型バスに乗る。運転手兼ガイドの説明を聞きながら回転寿司屋へ。地場の魚介で昼食。
 食後、バスで一路北上。佐渡が島は北半分を「大佐渡」、南半分を「小佐渡」と呼んで、その間が「国中平野」と呼ぶ穀倉地帯だそうだ。大佐渡北端の「大野亀」の丘には、トビシマカンゾウ(ノカンゾウ)の自生地で、ちょうど満開の時期であった。

DSCF0601-600_300DSCF0599-600_300大野亀のトビシマカンゾウの群落

 そのあと大佐渡の西側を走って、相川大浦の旅館・吾妻夕映亭海容亭に到着。夕食の後、快晴の日本海に沈む夕日をじっくりと眺める。

IMGP7063-600_400
 そして、佐渡奉行所をスタートする「宵の舞」を見に行ってきた。踊りの連は各グループごとに衣装が変わり、佐渡おけさと違って、ゆっくりとした行進踊りで、そのまま通りを出て21時頃まで町内を回る。この踊りの列は3か所から出発するそうだ。

IMGP7093-600_300

 7日は朝食後、佐渡歴史伝説館で、佐渡の歴史や伝説を動く立体人形で説明しているのを観賞した。佐渡は日蓮が流されていたこともあって日蓮宗の寺院が多いが、真言宗の寺院もかなり多いようだ。

DSCF0645-600_400佐渡歴史伝説館

 そのあと、島の南端の宿根木へ向かう途中のお土産屋で北朝鮮拉致被害者の曽我ひとみさんの御主人、チャールズ・R・ジェンキンスさんに出会った。彼が持っている菓子の売り上げの2パーセントが、拉致被害者支援の会に寄付されているという。気軽に写真撮影に応じてくれたのだが、あまり体調が良くなさそうで心配である。75歳になるという

IMGP7100-600_400ジェンキンスさんと

 そのあと、宿根木という古い町並みを見て歩いた。確かに路地は細く折れ曲がり、狭い敷地をいっぱいに使った古い時代の生活が垣間見えた

DSCF0666-600_400宿根木の路地にて

 そして新潟県で唯一の五重の塔がある日蓮宗佐渡三本山の一つ、蓮華王山妙宣寺を見てきた。五重の塔はかなり小柄ではあるが、芯柱はしっかりしており、木組みも釘ひとつ使っていないとかで、屋根を支える斗栱も見事だった

DSCF0693-600_400妙宣寺五重塔

 続いて千種経由で、妙見山(1,042メートル)の頂上近くにある白雲台交流センターのそばにある展望台から佐渡の南部の平野と小佐渡の山並みをを俯瞰した。その後大佐渡スカイラインを下って、明るいうちに相川の宿に戻って夕食を摂った。
 メンバー12名の内9名は大膳神社での薪能「胡蝶」を観に行った。私達は、疲れていたためこれはパスした。

 8日、酒造工場を見学したのち、小佐渡の中央部・小倉地区の斜面に造られた千枚田(棚田)を見学。一昨年にインドネシア・バリ島の棚田の見事さに驚いたが、ここでも日本人の勤勉さを思い知る風景だった。

DSCF0761-600_400DSCF0763-600_400小倉の千枚田(上は現地で、下は遠望)

 その後、畑野地区の斜面に京都の清水寺を模して造られた、清水寺(せいすいじ)の高舞台を見学。人は誰もいなかったが、かなり古びた仁王が両脇に祀られていて、ここでも日本人の手先の器用さと勤勉さを思い知った。

DSCF0777-600_400 清水寺の舞台

 両津へ戻って昼食を摂り、他の皆さんは新潟駅から新幹線で東京へ。私達は新潟空港からJALで新千歳空港へ。グループの皆さんが東京駅に着くのは19:00、私達が新千歳空港に到着するのが18:30だから、各自自宅に着くのはほぼ一緒だろう。
 新潟空港で、私が先に手荷物検査を済ませ待合室に入ったが、妻がなかなか入ってこない。しばらく待っているとやっと入ってきたが、三条で作って手荷物に入れたペーパーナイフが引っ掛かったらしい。荷物預かりにまで行っていたそうだ。

カテゴリー: 土木・建築物, 季節, , 思い出, 手作り, 手工芸, 旅行, 自然, 花・植物 パーマリンク

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA