北海道-芦別、富良野、美瑛の秋-1

--過疎の町に新設の通信制大学--
 最近は、IQや全体の知能は普通かそれ以上なのに、ある一部の能力だけが弱い、あるいは運動障害がある、社交(対人関係)面が弱い、などの理由からなかなか周囲になじめない子供たちが目立ってきていると聞く。そして周囲の理解が得られないまま、引きこもりや登校拒否、ひいては自閉症として症状を悪化させて、いわれのないいじめや差別を受けている。
 そのような子供たちを少しでも救いたい。1972年に一人の男が私塾を始めた。その私塾に子供達が反応し、周辺に輪が広がり組織化して、今は4つの通信制高校をはじめ専門学校、中学校、塾、そして幼稚園、保育園など全国に4,000人を擁する教育グループに成長している。
 そのグループの高校の一つと広大な体験農場が北海道芦別市にあり、この高校の隣に通信制大学「星槎(せいさ)大学」の3月開校の認可を受けるべく、文部科学省の施設最終審査が終わったばかりなのである。星槎という言葉は中国の故事から取っており、星(天空)を駆ける槎(いかだ)の意味だという。一人一人は長短ばらばらな弱い存在でも、槎のように並んで硬く結び合えば、急流にも耐えていけるという基本思想がある。
 私が、この開校予定の大学のある講座の担当を委嘱され、この10月17日から3日間現地を視察してきた。この時の現地の風景を報告したい。私が早朝のバードウオッチング、そして視察終了後の、帰路の秋の探索を行ったことは言うまでもない。

 芦 別 市 の 位 置
031015-1-Atsubetsu-Chizu 校地は芦別市の南郊、頼城(らいじょう)に隣接してある

 芦別市は北海道のほぼ中央部、TV「北の国から」で有名になった富良野市の西隣に位置している。市としての面積は全国4位で、市域の90%が山林という環境。市内を石狩川の支流空知川が流れている。芦別は良質の石炭を産出する産炭地で、市の人口も1958年には75,000人を超えた。しかしその後炭鉱の閉山が相次ぎ、2003年には2万人を割るところまで人口が減少した。以前は札幌から帯広、釧路、根室に通じていた根室本線が、石勝線にとって替わられてローカル線化したこともひびいている。最近は観光産業や工場、教育施設、合宿拠点の誘致運動を行っている。
 旭川空港へ直行する国道が建設中だが、開通時期のメドはまだ立っていない。

10月17日(金)
 13時40分、同行の先生達20数名と、全日空の4733便(エア・ドゥ33共同運航便)にて羽田を出発。15時15分、定刻に旭川空港に到着した。迎えに来ていただいたバスに乗って石狩川沿いに下り、途中から山沿いに芦別市まで1時間強。石狩川の支流の空知川、さらにその支流の芦別川をさかのぼり、薄暮の校舎に到着した。
 この校地と校舎は、石炭産業衰亡による人口減少によって廃校となった旧頼城(らいじょう)中学校をそっくり利用している。校舎の背後は山が迫っており、一部の常緑樹を除いてすっかり紅葉していた。グランドでは近所の農家の羊が数頭、のんびりと草を食んでいた。
 旧頼城中学校をほぼそのまま使った星槎国際高等学校

北海道-芦別、富良野、美瑛の秋-2」に続く

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