🌺 早いもので、私が10才の時に父が亡くなって今日で満72年になった。仏教でいうと73回忌に当たるのだという。妻と、スーパーマーケットの生花コーナーで変わった花を求めて、自宅の花瓶に飾った。名も知らぬ花だが、毎年命日には何らかの花を飾る。
🌺 今年は、庭で咲いたカサブランカ系の黄色のユリに、生花店で求めた花を添えた。父が亡くなったのは42歳だった。手稲山の頂上に警察無線用の鉄塔建設の指揮を取り、その完成直後に、小樽市のオタネ浜での海難救助訓練の指導中に、水温の急激な低下によって心筋梗塞を発症し、近くにいた医師の処置も叶わず、還らぬ人となった。
🌺 父は戦前から日本郵船の海外航路の無線技士を務め、アメリカや南アジアの航海に出ていた。父は水泳は得意だったが、太平洋戦争で2回、乗船していた船が米軍の攻撃によって沈められ、その都度無人島にたどついたり、日本の船舶に助けられたりして命を拾った。私が生まれてからは海が危険だとして日本郵船を退職して安立電気に転職。自宅のある神戸市から呉市の播磨造船所に長期出張して、船舶の無線装置関連の仕事をしていた。
🌺 その後北海道警察無線通信部に職を得て、一時釧路支部に席を置いた後、札幌の北海道警察方面本部に移籍。北海道警察は父の死を殉職として札幌護国神社に祀ってくれている。
