♣ 最近やや気温が上がり、時々降雪はあるものの積雪は低くなり、主要道路の雪はほぼ消えて、我が家周辺の道路もかなりアスファルトが見えてきている。
♣ 庭の積雪はまだかなり厚いが、昨年秋に立て込んだ雪囲いの資材が顔を出してきた。その一部では、ドウダンツツジの小枝が顔を出してきた。


♣ 近所の、主要道に面しているお宅では、早くから前庭の雪割りをしてある。日当たりもいいので、もうチューリップ、クロッカス、スイセンの新芽が顔を出している。

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♣ 最近やや気温が上がり、時々降雪はあるものの積雪は低くなり、主要道路の雪はほぼ消えて、我が家周辺の道路もかなりアスファルトが見えてきている。
♣ 庭の積雪はまだかなり厚いが、昨年秋に立て込んだ雪囲いの資材が顔を出してきた。その一部では、ドウダンツツジの小枝が顔を出してきた。


♣ 近所の、主要道に面しているお宅では、早くから前庭の雪割りをしてある。日当たりもいいので、もうチューリップ、クロッカス、スイセンの新芽が顔を出している。

❆ 我が家の庭に、昨日の夕方に雪が少し積もった。その上をキタキツネが歩いたようで、北側の隣家の庭から西側の境界を歩き、南端まで来てから我が家の庭を横断して、東側の塀の上から道路に下りた足跡が残っている。


❆ 今日午後も少し積雪があって、これらの足跡は薄れてしまった。この辺では、時としてエゾリスの足跡も時々見かける。
★ 妻が、かまぼこで作られたひな人形を通販で注文していた。笹かまぼこで有名な仙台の製品のようだ。3日前に届いていたが、すぐに食べ崩すのが惜しくて、ひな祭りの今日まで冷蔵庫に入れておいた。
★ 今夜食べることにして、先ほど箱から出して、真空パックのシートの縁まで切り取って飾ってみた。雄雛、雌雛は簡単な造りであったが、その顔だけはウズラの卵を茹でたもので作られ、それらの衣装を含む他の製品は、すべてかまぼこで作られている。
★ 内裏雛の他に、親王台、雪洞(なると型)、菱餅、蛤、末広(扇型)、桃花が型取られており、着色料としては赤色に赤ピーマン、トマト、人参、また緑色にホウレンソウ、黄色に南瓜、黒に竹炭という自然素材を使用している、と書かれていた。
★ 箱から出して、丸盆に飾ると、まあまあの見栄えになった。

※ 今日の午前中は、中学時代の仲間や以前住んでいたマンションの心ある人たちに声をかけ、札幌市長出席の建設委員会で、陳情の形で道路行政における税金の無駄使いを追求してきた。市長が出席ということもあってか、市の側の役人は過去に例を見ないほど多くの人数が集まった。市民の側の傍聴席も、30人以上が参加してほぼ満席となった。
※ 市の側の対応は相変わらずで、11人の委員のうち、こちらの事情をよく知ってくれている議員2名以外はろくな検討も判断もせず、その場で不採択になったため、次の手を打つことにした。
★ 先週の2月20日から22日まで、数件の所用があって神奈川県まで行ってきた。最初は箱根町で木地師をしている田中一幸さんを訪ねること。また藤沢市辻堂の青色申告会で税務申告の手続きをすること。
★ また私たちが藤沢で親しくして頂いていた方が昨年末に亡くなったため、その奥さんを訪ねて仏壇に生花を供え、お線香を上げさせていただくこと。
★ ほかに、妻が親しくして頂いていたお友達と会うこと。そして私は中学時代から温めていた、ある実験をするための砂鉄を、鎌倉の稲村ケ崎海岸で採集すること。
※ 20日は、新千歳空港13:00発のJAL510に登場する予定だったが、前夜の22:00過ぎにJALからメールが入り、翌日は午後から暴風雪警報が出ているため、午後発の便は欠航か遅延の恐れがある、とのこと。すぐ午前の便を確認すると、始発の8:00発・JAL 500便のファーストクラスしか空きがなく、止むを得ずそれで予約を入れた。
※ 車でいつも使っている空港外の駐車場に入れ、連絡バスで空港まで送ってもらった。妻とは席が離れていたが座れてホツとする。ところが機長の機内放送で、羽田空港が強風のため、場合によっては中部空港に降りるか、新千歳空港に引き返すかの条件付きとのこと。しかし、途中やや揺れ気味であつたものの、何とか定刻に羽田空港に着陸した。
※ 予定より5時間早く着いたので、別行動の予定だった妻も一緒に羽田から京急に乗り、横浜でJRに乗り換えて西へ。JRも強風で徐行運転のため、20分ほど遅れて茅ケ崎に到着。ここで相模川の鉄橋が吹き曝しになることから様子見のためほぼ1時間停車。
※ 箱根の田中さんの工房に着いたのは、13時を過ぎていた。田中さんの工房兼販売店のある箱根登山鉄道の入生田駅に着くと、吹き降りの雨。持っていた折り畳み傘で工房に向かうと、田中さんが大きな傘で途中まで迎えに出ておられた。
※ 以前お願いしておいた七福神の入れ子細工を受け取り、そのほかに田中さんが最近試作したという入れ子卵型のコマにミニコマを2種類入れたものを求めた。


※ 田中さんは、今年84歳になられる。明治初期に、信濃亀吉によって始まった箱根のロクロ細工も、この田中さんに後継者がおられず、彼一代で途絶えてしまう。そんな中でも、新たな試作品を作っておられるのには、頭が下がる。ただこのロクロ細工は、箱根では途絶えるが、山形県にはまだ木地師がいて、入れ子細工を行う人が複数居るとのことで、田中さんはさほど悲観的には思っておられない気配だった。
※ ほかに、田中さんが販売の委託を受けている動物の起き上がり小法師を4点ほど求めた。2点は妻と私の干支の子と午。あとは息子の研究対象であるカエルとヘビ。
※ 昼を過ぎてしまっていたので、店の向かいにある蕎麦店で田中さんと一緒に蕎麦を食べた。私たちが入生田に到着した直後から箱根登山鉄道が止まってしまったため、15時過ぎにタクシーを呼んでいただいて小田原ヘ。
★ 小田原駅に到着して、ちょうど入線していた小田原始発東京行に乗ったのだが、今度は国府津~二宮間の酒匂川鉄橋が強風のため、待機停車と言うことになった。小田急電鉄は動いているものの、大幅に遅れているというので、そのまま2時間、小田原で停車車内に座っていた。妻が夕方に会う約束をしていた友人とは、携帯電話で翌日に延期した。
★ 予約していた藤沢のホテルに着いたのは、19:00を過ぎていた。この日は、風に振り回された一日であった。
♪ 昨夜、ギター練習が終わって帰宅すると、宅配便の留守配達の伝票が入っていた。配達員に連絡を取ると、20時過ぎに届けてくれた。親しくしている瀬戸内の友人からの、デコポンの贈り物であった。こちらではたまにしか売られていない。
♪ 先月、TVで『柑橘類の箱詰めが届いたら、底に近い方が重みで痛むことがあるので、底から開けるのが良い』と出ていたので、底から開けてみた。
♪ 幸い全く傷んでおらず、独特の風情のデコポンが20個以上出てきた。いつもだと電話でお礼を伝えるのだが、夜半でもあり、とりあえずEメールでお礼の言葉を送った。早速1個だけ切ってみると、瑞々しいオレンジ色の果肉で、甘みが強く美味しかった。
☸ 2月6日に町内の奥から始まっていた排雪作業は、最終日のきょうになってようやく自宅周辺に到達し、自宅横の袋小路もすっきりとなった。
☸ しかし路肩端部に積み上げられた高い雪の山のせいで、袋小路から間道へ、また間道から道道へ出る時は見通しが悪く、特に右側からの通行車両が見えない。せめて交差点付近の路肩の山は削り落として、見通しを確保してほしい。
❆ 今日の午後、大通り近くに事務所を構える友人・HW君の所へ、打ち合わせに行ってきた。ほかに市内の友人3名と、神奈川県に居る友人1名とスカイプを通じての相談。
❆ 早めに到着したので、折から大通りでは昨日からさっぽろ雪まつりが始まっており、会場が近いことから大物の雪像を1つ見た。「北海道テレビ放送」と「陸上自衛隊第二雪像制作隊」が共同で、延べ3,800人の自衛隊員が31日かけて作ったとのこと。
❆ ほかにも、バリの凱旋門の雪像や台湾・台北市の台北賓館の氷像など、大物があるようだ。会場も、この大通りの他には、「つどーむ会場」と「すすきの会場」がある。以前は1965年から2005年まで南区真駒内の自衛隊駐屯地にも雪像の会場があったが、アメリカの同時多発テロ(2001年)を契機に、安全管理の面から中止になった。
❆ 会場には、雪像のほかスケート場・氷像・スノーボードジャンプ台などが作られ、他に北海道名産の農産物・海産物等の仮設飲食店も配置されている。
❆ 1月27日には、気温が+5℃近くまで上がり、雪が雨に変わって積雪がじわりと低くなった。同時に道路の路面は、走行車のタイヤでぐずぐずになっていた。28日以降はまた真冬日になり、降るのは雪に変わった。量は少ないが、ちらちらと降っている。
❆ きょう(30日)は所用で市街地へ出かけ、「43°」というステーキハスウで食事をしてきた。最近数年は、外食というとコンビニの弁当かファミリーレストラン、ファストフードばかりだったので、少しはずんだ。「43°」というのは、札幌市がほぼ北緯43°に位置することの命名だろう。
❆ 店は大通り3丁目の角にある大通りビッセの3階にあり、角のガラス窓から大通りがよく見える。上は4丁目で大雪像を造る自衛隊の活動の様子で、何を作るかの姿は公表されているが、現状はまだ確たる姿にはなっていない。
❆ ところで、アメリカの新大統領が次々と大統領令を発行して、民族や宗教による入国や移民の差別を始めている。「俺たちの土地に入るな!」と。「俺たち」って、誰のことだろう?アメリカ大陸に住む白人たちは、もともとそこに居た人たちではない。1649年の清教徒革命以降、ヨーロッパから「移民」してきた人たちを祖先にしている。
❆ また、1776年の独立以来、アフリカや南アジアから異民族を強制移民させて奴隷にしてきた。さらに新大統領は、白人の先祖が大陸古来からの原住民を追いやった荒地のその場所からさらに強制的に追い払って、石油パイプラインを敷設しようとしている。
❆ 日本は、というより安部内閣・自民党は、この新大統領に尾を振ってはならないと思う。政策を誤ると、アメリカのみならず世界中の笑いものになり、いずれは破綻する。
❆ このブログには政治的なことは書かないつもりなのだが、最近腹に据えかねている。
❆ ここしばらく、何かと落ち着かない日々が続いた。このサイトの追加も、思うに任せなかったので10日分をまとめてみた。
1月15日(日)❆ 朝は少し冷え込んで、-10℃近くになった。湿度は、気温が0℃以下になっても、-40℃近くまでは空気中に飽和水蒸気圧が存在するので、理論上は湿度もあるはずだが、我が家の湿度計では表示できない。
❆ 午前10時、近くの西野神社でどんど焼きがあったので、我が家の玄関に飾っていたしめ飾りを持って行って、お賽銭をあげ、お焚き上げをしてもらった。お焚き上げが始まってから、そのそばで甘酒をふるまわれた。私は甘酒でも顔が真っ赤になる。
1月16日(月)❆ 午前中は、お向かいの乗用車が我が家の東の道路際で、片方の前後の車輪が埋まり込み、動けなくなっていた。JAFがやってきて、チェーンとモーターで引き出してくれた。その間の寒い中で、あれやこれやと手伝って体を冷やしてしまった。
❆ 昼食後、猛烈に足腰や肩がだるくなり、ソファに横になって少し眠った。15時頃に体温を測ると、38.9℃あって、起き上がれなかった。以前医師にもらっていた熱さましの頓服を飲んでまた少し眠ると、夕方には37.1℃まで下がり、おかゆを食べてベッドで寝た。
1月17日(火)❆ 朝に体温を測ると、36.9℃と落ち着いてきたので、私が心臓でずっと定期診察してもらっている大野病院の内科に行ってきた。鼻腔からのインフルエンザの検査、レントゲン検査、血液検査を受け、診断結果はインフルエンザではなく、単なる風邪でしょうとのこと。抗生物質の処方を受け、院内薬局で購入してきた。
1月18日(水)❆ 朝には、体温は36.6℃に戻っていた。
❆ 前日、病院の帰りに生花店に寄り、トルコキキョウを1本買ってきて、一輪挿しに挿した。そのトルコキキョウは、買ったときは青紫色の覆輪のある花2個と、黄色の蕾2個が着いていたが、今朝そのうち1個の蕾が開いて、薄紫色の覆輪になった。その後日を経るごとにだんだん濃くなってきた。この色が変化することについては、初めて知った。

1月19日(木)❆ 午前中は、少し積もっていた雪を車の後ろのスペースに置いた融雪機の近くに集めておいた。気温が低めのせいかあまり圧密しておらず、厚さの割には軽くて運搬が楽だった。
❆ 午後には私の定期健診で、前々日と同じ大野病院に出かけた。一応血圧は安定しており、いつもの処方と、導眠剤は半割り服用すること、と各6週間分処方してもらった。
1月20日(金)❆ 夕方には私のギター教室があるのだが、あまり練習ができていないので、午前中少し根を詰めて練習した。教室では、一応最初の練習帳は全て卒業した。但し始めからの復習は怠らないように、とのこと。次回からは、先生が選んで下さる新たな楽譜帳でスタートすることになった。
1月21日(土)❆ きょうは、昼から中学時代の友人たちとYN君宅に集まり、札幌市の道路行政について話し合った。藤沢に住む同じ中学の同期生・HM君とスカイプを繋いで、色々と意見を出し合った。市政に詳しい人にも参加してもらい、18:00まで喧々諤々の話になった。
1月22日(日)❆ 前日YN君宅に行った時、私達が行きつけにしている近くの理美容院の駐車場に、了解をとって駐車させてもらっていたので、今日はお礼を兼ねて、妻と共に再訪し、散髪・整髪してもらった。
❆ その後、書籍や文具のコーチャンフォー・ミュンヘン大橋店に寄り、妻が必要としていたボールペンや私が探していたハガキホルダーのクリアファイルを購入した。また書店の方で藤田孝典著「下流老人」正・続を購入した。
1月23日(月)❆ 今日は私たちの娘の長女の13歳の誕生日である。午前中に私たちが『きのとや』でホールケーキを買い、娘宅に届けた。
1月24日(火)❆ 今朝の自宅での外気温は今季最低の-15.3℃。札幌気象台での記録は-12.8℃になっている。北海道内での今日の最低気温は、富良野市の南部にある占冠村(しむかっぷむら)で、-32.8℃を記録。
❆ 過去の公式最低気温は、1902年に旭川観測所で-41.0℃を記録。非公式としての記録になるが、気象庁委託観測所の記録では- 北海道美深町 -41.5℃(1931年1月27日)。参考記録 -北海道歌登町上幌別 -44.0℃(1931年1月27日)北海道森林気象観測所による。
❆ 窓の結露もガラス枠の下面部分のみだが、しずく越しに網戸が映っていて、19日のものと共にマクロ撮影したものをアップする。

❆ 札幌管区気象台の記録では、1929年2月上旬の-28.5℃。私の記憶にある札幌での最低気温は、1954年1月下旬の-20.8℃で、それ以降は-20℃以下にはなっていない。
❆ しばらく融雪していないので、車の後ろに溜めておいた雪およそ2㎥ほどを、融雪機に放り込んで融かした。
1月25日(水)❆ 今朝は-9.6℃と、昨日ほどの冷え込みにはならなかつた。昨夜から今朝にかけて、また10センチほどの雪が降った。雪がまだ軽いうちにと、午前中に車の雪を落とし、両脇とアプローチの雪を車の後ろに集めた。今回は0.5㎥程度か。
❆ 今朝の未明には-11.6℃まで下がり、今冬最も低い気温となった。私が起き出してTVでそのニュースを見てから外気温を確認すると、-11.0℃だった。なお昨日の最高気温は―7.4℃と真冬日であり、今冬の1日の最高気温としては最低を記録した。
❆ 昨夜までまた少し雪が降っていたが、早朝には止んで、陽が射してきた。庭に積もった雪にも陽があたり、結晶の表面が融けて反射する。まだ日陰の部分は陽に当たっていないため、結晶は残っていると思うが、近づいただけで、体温で結晶が崩れてしまう。
❆ 昨日の朝に、日陰にある車のフロントウインドウにふんわりと雪が積もっていた。車体が冷え切っているので、、何とか雪の結晶を写したいと外部からそっと近づいてカメラを向けてみたが、結晶らしきものはあるが不明確だった。
❆ 今冬は降雪が多いが、年が改まってからはほぼ毎日降ってはいるものの、ドカ雪にまではなってつていない。