小笠原・動物注意の道路標識

 小笠原には、父島と母島に都道が整備されているが、これらの島独特で、国内の他の地域では見かけない道路標識に、いくつか出会った。 ハハジマメグロは2回ほど確認できたが、アカガシラカラスバトには出会えず、この標識で存在を確認しただけだった。またオカヤドカリが道路上に出てくるので、下のような標識があちこちに立てられていた。 小笠原では、過去に食用として持ち込まれたヤギが野生化して増え、植物の生態系を脅かしたり、表土の流出の原因になっているとのことで、聟島列島で1994年から駆除作業を開始し、2011年までに完了したという。
 2010年からは父島での防護柵設置や駆除作業が始まってはいるものの、交通事故の原因にもなっているため、下のような標識も立てられていた。

 なお、母島ではカーブの多い所に、笑い話のような標識が並んでいた。

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小笠原・動物ウオッチング

 小笠原では、いろいろの動物を観察してきた。到着した翌日早朝、ホテル前の海岸の、砂浜から20メートル弱の所で、アオウミガメのを観察できたのは感動だった。
 はじめは100メートルほど沖で、オスがメスの周囲をぐるぐると回りながらだんだん海岸に近づき、私たちのすぐ目の前で交尾に成功した。ホテルの話では、今後1週間ほどするとメスがこの海岸に来て、夜間に5日ほどかけて500個ほどを産卵するそうだ。
 海岸からホテルに戻るとき、樹上にツグミ大の鳥を見つけた。とっさにデジカメで撮影し、帰宅してから図鑑で確認すると、日本では迷鳥扱いのアサクラサンショウクイのメスによく似ている。迷った挙句に、小笠原自然・文化研究所にメール添付で問い合わせたところ、鈴木創さんから「イソヒヨドリのメス」ではないかと返信をいただいた。
 同定したという根拠も丁寧に入れて下さったのだから間違いないのだろうが、私としては「そうかなぁ」と、まだ迷っている。
 同じ日、クルーザーで父島の南西にある南島へ行く。ここは自然保護を徹底していて桟橋もなく、風の都合で上陸できない日も多いとか。この日はうねりも弱く、風向きの都合も良くて、幸い私たちはサメ池の入り口から船が入り、上陸できた。
 ここでは、イソヒヨドリの鳴き声がよく聞こえたが、かメラには収まらない。帰り際に撮影できた鳥はダイサギのみだった。
 クルーザーには、船底中央部に海底を観察する観察窓がある。サメ池の中で船長が戦場から魚の切り身を入れた籠を真下に下ろし、集まる魚を観察させる。ただガラス面に空気が入り込んでいるので、目視では魚は分かるものの、写真ではゆがみが入る。
 エサ篭を下すと、イシダイやメジナなど大き目の魚が寄ってくるほか、10尾を超えるゴイシウミヘビが来て、細い体でエサ篭に入り込む。ひととおり籠のエサが空になり、船長が篭を上げると、ゴイシウミヘビが2尾ほど入っていて、篭を振って出した。
 八丈島では、岸壁で釣りをしていると、よくこの
ゴイシウミヘビが釣れるとか。これはウナギの仲間で毒はないそうだが、不味くて食用にはならないそうだ。
 南島を離れると、父島の西沖でホエールウオッチング。この日は波も穏やかで、4時間ほどの間に20頭近くのザトウクジラに出会うことができた。
 中でも、子連れのメスのまわりで、3頭のオスがバトルを繰り広げて、ぶつかり合ったり塩を噴き上げたりと、壮観だった。
 クジラが向こうを向いて尾を上げた瞬間は、なかなか写真に撮れない。その尾の裏側には白いマダラ模様があって、みなまちまちなため、個体識別になるという。私たちも少なくとも4頭は識別したが、カメラに収まったのは黒一色に近い個体のみだった。
 海上では、そのほかにイルカやシャチも見てみたいと期待したが、それらには出会わなかった。そのかわり、船長も驚くほど多くのザトウクジラに出会うことができた。
 南島や母島への航路では、カツオドリが船と競うように飛んだ。私たちは初めて見る姿だった。翼の開長は頭尾長の2倍くらいで、図鑑には開長約1.5メートルとある。大海をバックにしてみると、そんなに大きくは見えないのが不思議だ。
 母島の港近くの砂浜では、ムナグロが群れていた。メスが多いのだが、夏羽に変わりつつあるオスもちらほらと混じっていた。
 南島の海浜なぎさ公園には、港の脇に大きな囲いがあって、アオウミガメの産卵スペースとネムリブカの飼育スペースがあった。ネムリブカのスペースは外洋に解放されていて、30頭前後が自由に出入りしている。体調1.5メートルほどで、あの凶暴なメジロザメの仲間だが人は襲わず、いたっておとなしいとか。
 母島ではほかに、きれいな夏羽根模様のキョウジョシギのオスも見つけたのだが、残念ながら露出オーバーでうまく撮れなかった。ほかにメジロ、ハハジマメグロ、オガサワラヒヨドリ、イソヒヨドリも見つけたが、
カメラには収められなかった。
 また、アカガシラカラスバトには、ガイドが確約してくれた場所でも見つけられず残念だった。
 父島を出発する日の朝、扇浦の海岸で小さなカニの死骸を見つけた。午前中にまたシマちゃんの案内で、二見港の北側の山内を案内してもらった時、樹木の皮の表面に居たトカゲ、グリーンアノールに出会った、体調は18センチほど。
 このトカゲは外来種で、戦後、船舶で運ばれた材木などに紛れて侵入し、環境が適していたのか爆発的に増えているとか。カメレオンのように、背景に応じて体色を変えるようで、この後にもガイドが捕まえて見せてくれた個体は、茶褐色だった。
 
息子からも、このグリーンアノールと、オガサワラトカゲの情報を聞いて、カメラに収めたいと考えていたが、オガサワラトカゲには出会えなかった。

 

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小笠原・母島探査

※ 4月6日
 この日は早朝から、『ははじま丸』に乗船しておよそ2時間の母島へ向かった。ここでの期待は、ハハジマメグロとアカガシラカラスバトに出会うことであった。ハハジマメグロには出会えたが、アカガシラカラスバトには出会えなかった。
 母島の元地港までは南へおよそ2時間。南北に細長い島で、都道が北側の北村から、中央部を南下して元地港の市街地を通り、南部の万年青浜まで1本走っているのみ。
 まずマイクロバスで都道最南端のロータリーまで走る。ここからさらに1.5キロほど南下すると、南崎まで至るが、それは省略して西側の万年青浜への途中まで散策する。 天気がよくて陽射しは強いが、木々が茂っていて暑さは感じない。この地域に咲く、特有のシマギョクシンカの花を見つけて撮影。その後一気に北上して、今は廃村となった北村の小学校跡地に行く。この母島にも、太平洋戦争の戦跡が多く残っていた。
 この付近は、人が入らなくなったせいか亜熱帯植物が繁茂し、歩くのも困難な状態になっている。それは自然林再生中の、母島中央部の桑の木山周辺も同様だ。

 港に戻ると、林の中にハハジマメグロやメジロを見つけたが、動きが早く、林の奥に入ってしまうので、カメラには収められなかった。
 港前のレストラン屋上で、海を見ながらカレーライスをいただいた。お皿のライスが奇妙な形に盛られていて、始めは奇妙に思った。しかし全員のものが同じだったので、なるほど「母島」の形に盛ったのだと気づいた。 母島を14:00に出航して、父島に戻った。

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小笠原・父島でナイトウオッチング

※ 4月5日

 この夜は、だいぶ暗くなってから、シマちゃんの案内で父島の夜のツァーに連れて行ってもらった。
 まずは父島の南西部にある小港海岸近くまで行き、オカヤドカリを踏まないように、大型の懐中電灯で照らしてもらいながら渚までそっと歩く。砂の上にはオカヤドカリが歩いた跡と、その先の巣穴が各所に観られる。
 渚に着くと、静かに打ち寄せる波が砕ける瞬間に、チカチカと夜光虫が光る。初めて見た。誰かが水に入って攪乱したしぶきに多くの夜光虫が光って、とても神秘的だった。これはよほど感度のいい動画のカメラでないと表現できない。
 この海岸はぐるりを小山に囲まれて、この日は快晴でいながら月も出ておらず、満天の星空であった。シマちゃんが、オリオン座を中心とした星座を説明してくれて、私たちと星空を、タイミングをずらして写真に撮ってくれた。
 そのあと山中に入り、農業センター近くで赤外線ライトで樹林を探し、ヤシの小粒の実を食べるオガサワラオオコウモリを、見せてもらった。ストロボ禁止のうえに、カメラの露出も狂っていたので、写真には撮れなかった。

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小笠原・南島へ

 4月5日
 この日は、父島のすぐ南東にある南島の散策と、父島周辺でのホエール・ウオッチングに向かう。

 9:00、父島の青灯台から.クルーザー『ビンク・ドルフィン号』に乗る。私達8名の他に12名が一緒で、合わせて合計20名でまず南島へ向かう。

 南島まではおよそ20分。南島の周囲は険しく、接岸できる岸壁はない。ただ、島内に3カ所、池があり、うち2カ所が外洋に口を開いている。その入り口は狭く浅く、サメ池の入り口だけ、風と波の加減で入れない場合が多いとか。扇池の方は、水は通じているが船は無理なので、シュノーケリングで入るという。
 この日は波も弱く、風向きもよかったので、船の助走と素晴らしいタイミングでサメ池に無事侵入出来た。サメ池の中は穏やかで、船の舳先を渡船場に寄せて全員が無理なく上陸することできた。
 上陸して一山超える途中の路傍に、一群れの植物が直立して白い花を咲かせていた。高さは約25センチほど。ガイドの説明では、東南アジアに分布する海浜性ハマボッスの亜種で、この小笠原諸島の固有種だとか。仏僧の使う払子(ほっす)に似てはいる。
 うねうねとした道を上ると、峠の向こうに扇池が見え、手前は白い扇浜、その向こう岸が切れていて、外洋が見える。
 砂浜まで降りると、不思議な空間で、その砂地の山側には1000年以上前に絶滅したと言われる、ヒロベソカタマイマイというカタツムリの仲間の半化石だそうで、確かに殻は厚く、石灰化しかけていて、厚く硬めではあるが、今もヤドカリが利用しているとか。天然記念物に指定されているが、心無い人が持ち去るので、減少しているという。
 サメ池へ戻って、湾内でクルーザー内部の海底観察窓から浅い海底に来るいろいろの魚を見せてもらった。 内容別記
 南島を出てから、父島の西沖でホエール・ウオッチングを楽しんだ。 内容別記

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小笠原・父島にて

 小笠原諸島は、父島群島、母島群島、聟島群島、硫黄島群島、西之島、沖ノ鳥島、南鳥島など30以上の島からなり、うち人が定住するのは父島と母島のみ。

 4月4日、父島ガイドのはじめに、しまちゃんがパネルで父島の成り立ちや歴史、生物などについての説明をしてくれた。
 父島・二見港のある大村地区の市街地は、都道の海側・山側に主要な官公庁の支所や観光施設・商店が並び、山側に若宅や民宿が並ぶ。交通信号は2か所のみとか。
 港から少し南下した大浜海岸は小さな浜だが、サンゴが砕けた白いさらさらした砂地で歩き心地がよい。その沖にはクルージング船ぱしふぃっくびぃなす号が停泊していた。
 二見港の岸壁はやや浅いため、11,000トンのおがさわら丸が接岸するのがやっとで、大型のクルージング船は少し深い沖港に停泊し、客はハシケで上陸する。
 ここからはマイクロバスで三日月山の登山口へと向かい、展望台から港を俯瞰する。
 自然が豊富に残されているものの、固有種ばかりでなく外来植物も多くなっている。貨物船などに運ばれた荷物に付着していたり、花木・果樹や農作物などのように、人によって持ちこまれているものも多いという。
 ホテルのある扇浦海岸に向かう途中の山道から、境浦海岸の浜辺近くに、船体の骨組みをさらす廃船が見えた。太平洋戦争で空爆を受けて座礁した徴用貨物船の濱江丸。
 民間の貨物船だったが、海軍に徴用され補給船として運行し、1944年に2度にわたってアメリカ軍機の空襲を受け、航行不能となって流れ着いて座礁したとか。悲劇の象徴として残してある。観光スポットになっていると言うが、気持ちのいいものではない。
 3連泊したのは、扇浦海岸にあるホテル・ホライズン。正面入り口の脇にはちょっとした屋外休憩所があり、周囲をハイビスカスやブーゲンビレアなどの花木で囲っている。目の前を都道が走り、デイゴが並木として植えられていて、赤い花を付けている。
 夕食はフランス料理のフルコースで、こう言っては失礼ながら、このような片田舎?で味わえることに驚くほど、かなり上品に作られて出てくる。かと言って肩肘張るようなもてなし方ではなく、気軽においしくいただいた。
 寝室は最上階の3階にあ
り、海側のバルコニーから出入りする。室内はゆったりとしていて、気軽に連泊できる。それでも、毎日お昼すぎには、清掃・整理してある。

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小笠原諸島へ

🚢 不安定な天候の4月上旬、いつも尾瀬の旅の段取りをしてくれているYNさんの誘いで、小笠原諸島を訪れてきた。1987年に、当事の都知事が父島のすぐ北にある兄島に飛行場を建設する案を提示したが、特殊な生物相に恵まれていることから中止になった。
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🚢 4月3日(火) 7:30発のANAで新千歳を出発。やや遅れて羽田に到着し、モノレールで浜松町へ。そして徒歩で竹芝桟橋に到着。YNさんが待っていてチケットをもらう。高校同期のYNさん、CHさん、TT君、3期先輩のご主人・2期後輩の夫人のO夫妻、そしてRK夫人、私達の合計8名全員が揃ったのは10:00少し前だった。
🚢 船は『おがさわら丸』。1968年に小笠原諸島が日本に返還されてから、東京~父島間に定期航路(約1,000キロ)が開設されて5代目、『おがさわら丸』としては3代目の定期客船として2016年に就航。それまでを1時間半短縮する24時間で航行するという
🚢 おがさわら丸は定刻11時に出航した。桟橋には溢れんばかりの見送り人が東京都の小笠原支庁や警察・消防・海上保安庁、自衛隊などの、赴任者への見送りだったようだ。1等の船室は発売日の朝に売り切れ、やむを得ず6階の特1等になった。
🚢 11,035トンの船は定刻の11:00に出航。東京湾は快晴のべたなぎで、滑るように進んでいく。13分後にはレインボー・ブリッジをくぐり、いくつかの台場を経て外洋へと出ていく。外洋ではさすがにややうねりがあったが、白波は立たず、うねりの高さも素人目には低く見えたが、船内ガイドは3メートル程度と話してくれた。
🚢 船室は船の6階右側(西側)にあり、特1等で入口の左右にトイレとバス・シャワールームがしつらえられている。その奥の6畳ほどの部屋にシングルベッド2台とエキストラベッドに変わるソファー、TVとエアコンがあり、窓の外は閉鎖型デッキ。
🚢 伊豆諸島の西沖を通るので、伊豆半島を見てからは、窓から見えるのは、ただただ北に流れる茫漠たる海と、水平線のみ。うねりが小さいとは言っても、時々横波でゴンという揺れを感ずる。私はあまり強くは感じなかったが、妻は少し気にしていた。

🚢 4月4日(水) 7:00起床。前夜に船のレストランで麺類を食べ、ついでに購入したパンと飲み物で今朝の朝食を済ませる。9:00近くに東側のデッキに出ると、聟島列島の北端が見えてきた。その後少し間をおいて、弟島、兄島、父島と続いた。
🚢 父島の二見港に接岸したのは定刻の11:00。父島は、胎児が左向きに寝ているような形で、二見港はその北側の喉元にあたる湾内に位置している。小笠原村の主な役所や観光施設、商店、食堂などが並び、ヤシやシュロの仲間が茂っていて、南国の雰囲気。
🚢 港近くの食堂で昼食を済ませた後、ボニンブルー・シマという島内案内の「しまちゃん」こと島田克己氏のマイクロバスで父島の案内をしていただく。内容別記
🚢 父島の宿泊はホテルホライズンという中規模の観光ホテルで、地元の食材を主としたフランス料理コのースが売り物のようだ。父島中部西岸の扇浦に面し、夕日がきれいな場所だった。

🚢 4月5日(木) 7:00起床。ホテルのすぐ前の浅い海中でアオウミガメのオスがメスを追っている。 内容別記
🚢 この日はクルーザーによる観光船で海洋動物を探して歩く。『ピンクドルフィン』という船で、主に父島周辺の海域でのホエールウォッチングと、南島の小湾で船底にくる魚類を観察。 内容別記
 🚢 その夜、夕食後の19:00に、前日世話になったしまちゃんの案内で、父島の南西部にある小港海岸にナイト・ツアーに出掛ける。星空や夜光虫が見事だった。 内容別記

🚢 4月6日(金) 6:00起床。朝食後母島観光のため、二見港7:30発の『ははじま丸』に乗船。母島へは、父島から更に南へ約50キロ、約2時間南下する。
🚢 小笠原諸島には30余りの数の島と、数多くの小島がある。これらの島の名前には、父、母をはじめ、兄、弟、姉、妹、聟、嫁、媒 その他、家族構成を思わせる名前が付けられていて、非常に独特である。人が住んでいるのは父島と母島の2島だけとか。
🚢 母島は南北に細長く、約12キロ。起伏に富んでいて、都道が南北に走るほかは側道以外に周遊道路はない。この母島には固有種の鳥、ハハジマメグロがいる。ここを昼食をはさんで14:00まで散策して、父島へ戻る。 内容別記

🚢 4月7日(土) 今日は午後のおがさわら丸で竹芝桟橋に戻る。それまでの時間に、またしまちゃんの世話になって、二見港周辺の山林を散策した。
🚢 ここでは、事前に息子から聞いていたオガサワラトカゲやオガサワラヤモリ、外来種のトカゲ・グリーンアノールに出会うことを期待していた。 内容別記
🚢 正午過ぎに散策を終えて、港の近くの食堂で天ぷらうどんをいただき、土産物屋やスーパーマーケットなどをのぞいて、14:40に『おがさわら丸』に乗船。この船は私たちが乗って来てからずっとこの二見港に停泊していて、整備されていたようだ。
🚢 二見港では、父島の観光協会関係者や旅館、商店等の人達による見送りのイベントで、太鼓打ちのパフォーマンスや、管弦楽隊の「蛍の光」の演奏などがあった。驚いたのは、船内でしまちゃんに出会ったことである。東京に用があって出かけるのだとか。
🚢 15:30に出航。帰りの便は、5階の1等船室に二人。行くときの特1等との違いは、個室にはトイレやバス・シャワーがないことと、室内が少し狭いことを除くと、ほぼ一緒であった。この日はうねりの高さが5メートルでやや白波が立ち、船の横揺れも行きよりやや強く感じられたが、酔うほどではなかった。今回は船の左側だったが、北上するため向きは同じく西側。大海原と水平線以外は何も見えない。
🚢 慣れもあり、風の冷たさもあつて、ほとんど船室でごろごろとして過ごした。窓の外はバルコニーもなく、直に海である。始めはきれいに拭かれていて海がきれいに見えていたが、じきにしぶきを被って白く濁ってしまった。

🚢 4月8日(日) 船室で立っていると、ゆらりゆらりと体が揺れるので、じっと立ってはいられない。デッキも波しぶきがかかるため、船室のテレビでBSの番組を観て退屈しのぎをしていた。午後になって、はるかに伊豆半島が見えてきて、少しほっとした。
🚢 風のせいもあってか、竹芝桟橋到着は40分ほど遅れて16:10。YNさんをはじめ同行の皆さんに挨拶しておいて、船を降りてすぐに浜松町駅へ向かい、モノレールに乗った。羽田空港には何とか飛行機の出発時刻に間に合って、予定の17:30発JAL-525便に搭乗。
🚢 新千歳空港には10分ほど遅れて19:10に到着。預けておいた車に乗り、高速道路途中の輪厚PAで簡単に夕食を済ませて、自宅に帰りついたのは22:00近かった。

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広島へ

 昨年末から、妻が広島へ行ってみたいと言っていた。厳島神社と原爆ドームを、自分の目で観たいと。私は新卒の年に、会社の出張で山口県のコンビナート現場に行った時の往復の途次に、寄って観ている。
 9日の午後のJALで広島へ。使用機の到着遅れで、10分遅れで離陸。2時間10分ほど下が全く見えない雲の上、高度13,000メートルのフライトで、夕方に広島空港に到着。リムジンバスに乗って40分弱で広島駅新幹線口に到着。予約していた東横インに投宿。
 翌朝、8:30にホテルを出て、広島駅から山陽本線で宮島口駅へ。所要は、記憶では10分程度と思っていたが、実際は28分。宮島口駅から5分程でフェリー乗り場へ。
 フェリーはJR西日本を含む2社で運航しており、私たちはJRの往復切符で乗船した。空は快晴だが空気が冷たい。厳島神社の海中の大鳥居が見たくて、外の右側に立った。
 島の埠頭までは所用10分。フェリーへの車の出入り口は前後にあり、後部から乗って前部から降りる。ほかの地域の大型フェリーのような、港でのターンはない。

 大鳥居の周辺は潮が差していたため、足元までは行けなかった。神殿は回廊形式になっており、いつもテレビ等で観る通りだったが、回るのは一方通行になっていた。途中の正殿でちょうど結婚式が行われていて、私たちは正面から拝見することができた。

 広島駅へ戻り、名物の広島焼きを楽しむ。私はやはり名物のカキ入り、妻はイカ入りのものを焼いてもらっていただいた。
 その後タクシーで平和記念公園に行く。平和の門の北側に原爆による遺品の陳列をしている祈念館があるが、改修中で閉館。国際会議場との間を抜けると平和公園。献花台の向こうにアーチがあり、その奥に『平和の灯』と原爆ドームが見える。ドームの裏側に回ってみると、『慰靈』と彫られた自然石が建てられていて、初めて知った

 『平和の灯』のうしろにあった『原爆の子』の像が、折り鶴を抱えた姿で印象に残った。その奥のハウスには、人々から寄せられた何百という千羽鶴が飾られていた。
 宮島と平和公園とで、数種類の鳥たちに出会った。広島のスズメは、関東や札幌のスズメほどには、神経質に人を恐れて逃げてしまうようなことはなかった。

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北海道弁 『そだねぇ』

💋 この冬、韓国・平昌(ピョンチャン)で開催された冬季オリンピックも無事に終了し、9日からはパラリンピックが開催される。
💋 この大会で目立ったのが、女子カーリングのチーム・ロコソラーレの選手たちが、試合中の打合せで良く使っていた「そだねぇ」だった。私も幼い頃は無意識に使っていた。「そ」はやや高めに、「だ」は平板に、「ねぇ」やや上げて短かく言う。
💋 相手の発言などに同意する、あるいは肯定するときによく使っていた。彼女たちはほぼ全員が北見地方の出身で、本人たちも「方言だとは知らなかった」と驚いていた。

💋 私も、今回話題になって初めて北海道的な方言だと再認識した。「もぐもぐタイム」も含めて、今年の流行語大賞になるのでは、と話題になっている。

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「想うこと」のスタートに当たって

 私のブログは、さほど上手でもないのに、写真にこだわりすぎていた。だからふと想うことがあっても、写真の題材がないとアップしにくいことがあるので、別のサイトに分岐することにした。
時として言葉が暴走し、内容がくどくなることもあるので、文章として見直すことで、自己反省と簡略化、柔軟化につなげたい。
 また自分の過去を振り返って、備忘の意味でもまとめていきたいと思っている。

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