久々の陽射し

 朝から気持ちよく晴れ渡った。1週間ほどあまりさえない天候が続いていたので、何だか久しぶりに太陽に出会ったような気がする。
 お向かいのお宅の庭は、早くからいろいろの花が咲いており、その中に先日アップしたのとは少し違う花色のオダマキが咲いていたので、写真を撮らせて頂いた。
IMGP8492-600_300IMGP8494-600_300 我が家の菜園では、しばらく地温が上がらないために、野菜類の成長が思わしくなかった。それでもジャガイモの仲間は95パーセント以上発芽して育ち、木くずパックで発芽させて、先月30日に地植えした大豆も、やっと本葉を出してきた。
IMGP8499-600_300 今日は私の生母と弟の祥月命日である。あの神戸大空襲で命を落として71年。何だか、自分だけが安穏に生き延びていることが、現実感を持てない日である。しかし妻を得て、娘と息子、そして孫たちへと命を繋ぐことができたことには、感謝しても余りある。
IMGP8501-600_300 妻と鉢花(アジサイ)、切り花(トルコキキョウとカーネーション)を買ってきて、居間の目立つ所に飾った。

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大雨警報と菜園

 昨夜は、21時過ぎから豪雨になった。夕方の予報では小雨のはずだったが、この頃は気象の変動が大きく、なかなか予報が合わない。沖縄の梅雨入りも不明確になって、日本全体で梅雨入り宣言された地域はない。
 今日も、大雨まではいかないものの一日中降り続いていて、菜園にとっては恵みの雨ではあるが、北方高気圧からの雨なので地温が上がらず、東日本の高山帯では氷点下になったり雪が降ったりするという。それに対して中部地方以西では、日中は真夏日が続くものの、沖縄県以外は熱帯夜にはならないとか。

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 雨の叩きつけによって、まだ若く背の低い野菜や草花は、雨の跳ねる土を浴びている。雨の小やみを待って、特にサビ病になりかけているホリホックの、根元の葉を刈り取っておいた。

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オダマキ

 「オダマキ」は、自宅にはもともとなかったのであるが、下の写真・左端のオダマキが3株、風で西側のお宅から飛んできたのか芽を出して、暖かくなるとともに急激に成長し、いまはそれぞれ20個以上の花をつけている。

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 右の2つのオダマキも、近所の並木の植え込みに咲いていたものである。どこかのお宅の庭で咲いていたものが、種を飛ばして増えたのだろう。逞しいものだ。

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ギターの発表会

 きょう午後には、私がギターを習っている先生の発表会で、娘が車に私と妻を乗せて会場になる千歳栄光教会まで連れて行ってくれた。そこでばったりと出会ったのが、私の高校同期生で、千歳に住むKI君だった。同じ生物部だった。彼がギターを楽しんでいることは知っていたが、同じ先生に習っているとは知らなかったので、お互いに驚いた。

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 KI君は年季が入っているだけあって、リンゼイ作曲の「雨だれ」をテンポよく弾いていた。私は先生の伴奏付きで、古賀政男作曲の「影を慕いて」を弾いたが、あちこちで弦を押さえきれず音が出なかった。しかし伴奏に救われ、あまり目立たなかった。
 そんな中で驚いたのは、小学校5年生の少年が、タレガ作曲の「アルハンブラの想い出」を小さな手で、それもトレモロ奏法で弾き切ったのである。時々突っかえはしたものの、終わったときは万雷の拍手であつた。

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猛暑日と白い花

 今日の我が家での気温は、35.0℃を記録した。気象用語でいえば「猛暑日」になるのであろうが、札幌気象台の発表では、今日の最高気温は29.7℃と「真夏日」にも届かなかった。また自宅での記録では、湿度が測定不可能の”Lo”になっている。かなり乾燥しているのだろうか。それとも35℃以上は計算外なのだろうか。この計器は、気温がマイナスになったり雪が降ると、湿度は”Hi”と表示する。
IMGP8359-450c 今日は、札幌の記録は真夏日寸前だったが、北海道内では30℃を超える「真夏日」を記録した場所が多かったようだ。
 こんな中で、自宅や近所ではいろいろの花が咲き出していて、特に白い花が目立つている。他人のお宅や路傍に咲いている花は、名前のわからないものが多い。

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キバナカタクリ全開

 ♥ 先月の28火に植えたジャガイモが、その後10日以上も芽を出さない。植えてから数日冷たい雨が続いたり、3~4日の日照りが続いていたりなので、同じ日に植えたという上富良野の農家、Tさんに電話をかけてみた。
 案の定、笑われてしまった。「芽が出るのに、植えてから3~4週間だよ。去年だって、そうだったっしょーや」。言われてみると、そり通りだった。今年は、春先に何回か旅行に行ったり、その他の雑事に追われて、気持ちだけが先走っている。落ち着け。
 庭の一番南の隅に一昨年植えた3株のニホンカタクリが、4月末に2株だけ、1本ずつ花を付けた。 学名:Erythronium japonicum
DSCF1336-600_300a 「ニホンカタクリの種子には、アリが好むエライオソームという物質が付いており、アリに拾われることによって生育地を広げている」と植物図鑑に書かれている。我が家の場合、カタクリの仲間は庭南端のブロック塀の内側、つまり陽の当たらない場所に植えてあつて、周りにはアリは全くいない。皮肉なことに、塀の外・道路側の陽当たりのいいところには、いくつものアリの巣穴がある。 
  一緒に植えたキバナカタクリ2本が、2週間遅れの開花で、その1週間後にはこのように花茎が数多く立ち、1株に20本ほどが咲いている。この左側には、花弁を落としたニホンカタクリが2本、種包を立ち上げて頭を垂れている。好む環境が異なるのだろうか。
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 キバナカタクリは、主にアメリカ北部やカナダ南部の亜高山帯に分布する、とある。私は民間の農園で購入したので、栽培品種かも知れない。昨年はあまり勢いがなかったのだが、今年は見事な株立ちになった。   学名:Erythronium grandiflorum

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新潟市・北方文化博物館(5/6 金)

 昨日は村上の市内を歩き回ったことと、ゆっくりと温泉につかったこと、たっぷりの夕食を食べたせいで、同室の4人は21時には消灯。お酒も入っていたせいか、他の3人の皆さんはすぐに寝息を立てていた。私は自分が疲れると少しイビキをかくようなので、それが気になって24時頃まで寝付けなかった。

 5月6日(金)

 6時前には皆が起きだして、入浴に行ったり海岸を歩いたり。海岸は砂浜で、渚からさほど遠くないところに渚と平行にテトラポットが並べられ、50メートルごとに10メートルほどの切れ目がある。
DSCF1410-600_300a 西向きの渚の遥か沖合には、粟島が見える。きのう、宿に着いた時には、少し薄く見えていた。今朝はかなり霞んでいる。人口は300人ほどで、村上の岩船港からフェリーで90分、双胴高速船で55分。佐渡島も、はるか南方に微かに見えていた。
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 海岸をぶらぶらと歩いていると、目の前をツグミ大の青い鳥がすっと横切って、200メートルほど先の、隣のホテルの屋根に止まった。カメラのズームいっぱいで写してみると、イソヒヨドリだった。10年以上前に、藤沢の江の島で出会って以来である。
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 朝食の後、10:19村上発のJR特急「いなほ6号」で11:04新潟着。待っていた高砂観光バスのマイクロバスで「北方文化博物館」に向かう。
 大学4年の時、ゼミの教授が発見し、さらなる情報集めをしていた螺旋階段式木造参拝形式の建築物のサポートとしてこの新潟に来たとき、宿の仲居さんが「沢海(そうみ)の伊藤様に行くと、三角の間取りの面白い建物があるよ」と教えてくれたので、当時何らかの交通手段で観に行ってきた。その場所こそ、YNさんが今回見学を計画してくれた「北方文化博物館」の中にあった。
DSCF1421-600_300aDSCF1423-600_300aDSCF1466-600_300aDSCF1429-600_300a 母屋は、會津方面から川舟で運んできたという杉丸太を使い、長いもので南側縁側の16間半のものを最長として長いものが多く使われているという。
 また江戸から明治にかけての豪農・伊藤家では、英彦山詣での時には、すべて自分の敷地を歩いて行けたとか。
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 いよいよ大学の卒論の旅で見つけた正三角形の建築物「三楽亭」とご対面である。この建物は建坪11坪余りで、当主の書斎兼茶室であった。中の畳は、形が長方形なのは 1枚のみで、あとは平行四辺形または正三角形の変形である。学生時代には中に入れたが、今回は老朽化防止の意味があってか中には入れず、外から覗くしかなかつた。
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 これら広大な屋敷は、戦後の農地解放もあってかなり縮小したが、2000年4月に国の登録有形文化財に登録された。敷地内には、江戸初期と明治初期に建てられた県内の古民家を移築し、保存している。
DSCF1475-600_300aDSCF1472-600_300aDSCF1482-600_300a その後、新潟市の中部に戻って「北方文化博物館-分館」を30分ほど観たあと、お土産屋に寄るほかの人たちと別れ、私たちは新潟駅まで送ってもらった。駅からは定期バスで空港に向かい、土産物屋で少し買い物をしてから、来た時と同じ型の飛行機で新千歳空港に着いた。自宅への途中で回転寿司屋に寄り、夕食を済ませて帰宅した。
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新潟県村上市を歩く(5/5 木)

 今回は、いつものYNさんの企画で、新潟県の村上市の古い街並み見物と、新潟市の旧豪農の屋敷を解放した「北方文化博物館」を訪ねる旅に、妻と行ってきた。
 今回の旅で尋ねる村上市は、私が勤務した会社の札幌支店の別の現場に勤務し、2年ほど後に彼が実家の後を継ぐべく退職して、村上市に戻った同僚がいる。訪ねようかどうしようか迷ったが、たまにしか顔を合わせず、送別会で少し話をしたきりで、もう45年も手紙ひとつのやり取りもしていない。結局彼を惑わすだけだと思い、連絡しなかった。

5月5日(木)

 早朝、新千歳空港近くのいつもの駐車場に車を預け、連絡バスで空港へ。9:15発のJAL2972便で新潟空港に10:25に到着。しかし東京から上越新幹線「とき311号」で新潟にき、「特急いなほ3号」で村上に行く仲間とは時間的に合流できないので、40分後に出る普通電車で村上に向かった。村上着は12:57で、YNさんが待っていてくれた。
 駅前の観光協会に荷物を預け、東京からの12名の仲間と合流して、観光ガイドの案内で市内の歴史街区に向かった。
 旧城下町なので道路は狭く、主要な道路でも往復2車線で、歩道も白線のみが建物の際に引いてある。ガイドの説明時には、周りに人が集まって車の交通の支障になる。

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 味匠「きっかわ」では、裏側まで抜ける土間の途中に鮭を干すスペースがあり、天井一面に、背の高い人なら届きそうな高さで鮭が吊ってある。私の感じでは、吊られているのはほとんどがいわゆる「はなまがり」、つまりオスばかりに見えた。
 建物の中では風が吹き抜けており、冬は-8℃以下、夏は+30℃以上になっても、暖房や冷房は使用せず、鮭は1年をかけてじっくり乾燥・熟成させるとか。村上ではこれを「トバ(冬葉)」と呼ぶ。北海道では秋鮭を半身におろして皮付きのまま縦に細く切り、海水で洗って潮風に当てて干したものを「トバ(冬葉)」と呼び、燻製にもする。 町屋のある一帯は、黒塀通りという、道が折れ曲がったり突き当たったりして見通しの悪い狭い道路が多い。戦国時代からの町造りで、敵が攻め入ってきても、一気に攻め込めないようにする道づくりだという。
 逆に、狭い通りの両側に木造の建築物や板塀が多いために、過去に何度も大きな火災に見舞われてきたとか。
 建物の玄関から裏の通りまで、土間がそのまま裏通りまで突き抜けている建物が多く、京都の町屋のようだと思った。

 夜は村上市の海岸寄りにある瀬波温泉の「大観荘せなみの湯」に投宿。東に日本海を望む位置にあり、大浴場の露天風呂からは水平線に沈む夕日がきれいに見えるという。10日のうち3日しか見られないと聞いたが、私たちは幸いだったのか、雨模様の朝に比べて夕暮れには一吹の雲もなく、風呂でカメラを構えて楽しんだ。

DSCF1403-600_400日本海に沈む夕日 途中はテトラポットと渚、植え込み、露天風呂

 宿の夕食は座敷で個々のお膳に季節の海産物、野菜や山菜を盛り合わせた和式の膳であった。昼間に見た鮭の冬葉も、薄い横切りのスライスで5枚ほどが添えられていた。

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伊勢を歩く(4/12 火)

4月12日(火)

 きょうの朝は、ホテルのモーニングバイキングで、かなりいろいろのおかずが並んでいた。私たちは、旅先ではほとんど東横インに泊まることが多い。システムが似てはいるものの、朝食に限って言うとこちらのほうが、おかずの種類は豊富である。

 朝ゆっくりとホテルを出て、名古屋駅から近鉄特急で宇治山田まで87分。駅のロッカーにカメラと日程表以外の荷物を預け、駅を出た向かい側にある外宮の前に行く。
 そこには約束の11時より15分ほど早く着いたのに、もう指定された案内人が待っていた。お伊勢さんガイドの女性で、「初めてですけど、私をご指名くださった理由は?」と聞かれたので、YNさんのことを話すとわかったようで「よろしくお伝えください」とのことだった。

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  この外宮に限らず、伊勢神宮の建造物群は、20年ごとに立て替える「遷宮」があるという。事実、各社殿の横には、遷宮基礎部分に白と黒の石が敷いてある。用の土地があり、旧宮舎のそして日本の各都道府県には鎮守の神宮があるが、この伊勢が大鎮守ということで、ここは「伊勢」を付けず、「神宮」とのみ呼ぶという。

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 外宮から内宮を回って、おかげ横丁の入り口でガイドさんと別れ、この横丁に入り、「赤福」の本店をチラリとみて、有名な伊勢うどんの店に入る。

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 この伊勢うどんは、茹でただけでたれのない極太の素うどんに刻みネギを乗せただけで、テーブルにある専用のたれの醤油を自分でぶっかけて食べる。このうどんは、表面はとろとろして柔らかいが、芯もしっかりあって、うまい。
 宇治山田駅で預けた荷物を受取って15:14発の近鉄特急で名古屋へ戻り、名鉄で中部空港へ。18:35発のJAL 3117便で新千歳空港へ。途中、夕食をとって自宅に着いたのは、22:00頃であった。

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名古屋を歩く(4/11 月)

 妻が、伊勢に行ったことがないので行ってみたいと言い出したのは、年が明けて間もなくのことだった。旅行となると、東京で旅行社を経営している高校同期のYNさんにいつも相談する。電話してみると、なんとちょうど彼女も伊勢に行く寸前だった。
 もちろんそれにすぐ同行することはできないので、経験してもらってから私たち二人の旅程を企画してもらうことにした。ちょうど5月26~27日はG7の伊勢志摩サミットがあり、テロを警戒して通行規制も厳しくなるだろうから、4月中旬がいいとのこと。
 札幌から伊勢への日帰りは無理なので、前日に名古屋入りし、名古屋市内を少し見て歩いてから、
翌朝伊勢に行く計画を組んでもらった。

4月11日(月)
 今回の名古屋・伊勢は、妻には初めての旅になる。私は勤めていた会社の名古屋支店(現在は中部支店)に何度か出張で来ていたし、伊勢には高校の修学旅行で来た。
 新千歳空港 8:45発のJAL-3100便に搭乗し、予定通り10:35に中部国際空港着。私達は名古屋名物のモーニングを食べるべく、空港内の喫茶店へ。期限時刻の3分前だった。

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 メニューは、紅茶ポット1つと、三角トースト2枚、オムレツ、そして簡単な刻み野菜の盛り合わせが付いてくる。これで490円。
 食後、名鉄の電車で神宮前で下車。熱田神宮にはちょうど正午頃に着いた。天候もよく、私も初めて訪ねる熱田神宮の正面は堂々としていた。

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 その後地下鉄で名古屋城へ。隅櫓の一部が改装中だったが、「尾張名古屋は城で持つ」と言われた天守閣は、堂々としていた。

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 天守閣は五層あり、三層目まではエレベーターで、そこからは会談で最上階まであがける。天守はかなり広く、四方の窓からは高層ビルの立ち並ぶ駅方向と、他は広い平野に展開する名古屋の市街地が見られた。

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 城のお濠には水がなく、2頭の鹿が草を食んでいた。東山動物園から数頭を預かり、一時は50頭以上になったというが、原因不明で今は3頭まで激減したとか。

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 名古屋城を出て大通りを進むと、昭和初期から戦中にかけて建てられ、戦災を免れた市庁舎、県庁舎が並んで建っていた。
 夜は、私は味噌カツ・ひつまぶし・鶏手羽の唐揚げが3段に入った弁当を、妻は鮪のねぎ間串カツとおぼろ豆腐とを頼んで、口を楽しませた。夜はホテルサンルートプラザ名古屋に泊まった。

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